鬼ノ城
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歴史の謎に包まれた古代山城!復元された西門からのパノラマ絶景が圧巻です。
おすすめポイント
- 歴史の謎に包まれた古代山城
- 復元された西門からのパノラマ絶景
- 山頂にある「総社市鬼ノ城ビジターセンター」の見学
- 城壁に沿って整備されたウォーキングコース
- 古代の歴史を感じながら自然を満喫できる
概要
鬼ノ城は、大和朝廷が倭(日本)の防衛のために朝鮮半島に向き合う対馬から畿内に至る要衝に築いた防御施設の一つです。築城年は不明ですが、発掘調査では7世紀後半に築かれたとされています。鬼ノ城は、吉備高原の南端に位置し、標高397メートルの鬼城山の山頂部に所在しています。すり鉢を伏せた形の山容の7〜9合目の外周を、石塁・土塁による城壁が鉢巻状に2.8キロメートルにわたって巡り、城壁で囲まれた城内の面積は約30ヘクタールです。城壁は土塁が主体で、城門4か所・角楼・水門6か所などで構成され、城壁を保護するための敷石の発見は、国内初のことでありました。城内では、礎石建物跡7棟、掘立柱建物跡1棟、溜井、烽火場、鍛冶遺構などが確認されています。鬼ノ城は、山城に必要な設備がほぼ備わり、未完成の山城が多い中で稀な完成した古代山城とされています。鬼ノ城は、「歴史と自然の野外博物館」の基本理念に基づき、西門と角楼や土塁が復元されました。その他、城門、水門、礎石建物跡、展望所、見学路などの整備とともに、「鬼城山ビジターセンター」と駐車場を整え、「史跡・自然公園」として一般公開されています。鬼ノ城は、地元に定着した朝鮮半島系の人々が動員され、他地域にないような古代山城を造ったと思われる。また、発掘された土器を見れば、667年頃の築造はあり得ると思われる。九州管内の城も、瀬戸内海沿岸の城も、その配置・構造から一体的・計画的に築かれたもので、七世紀後半の日本が取り組んだ一大国家事業である。