
ガイド
多磨霊園は、東京都府中市および小金井市にまたがる、面積128ヘクタールの広大な都立霊園です。1923年(大正12年)に開園したこの霊園は、日本における「公園墓地」の先駆けとして整備されました。広大な敷地内には、芝生墓地や壁墓地、大規模な納骨堂である「みたま堂」など、多様な形態の墓所が存在します。単なる墓地としての機能だけでなく、武蔵野の自然を感じられる緑豊かな空間として、歴史的な著名人の墓所も多く含まれています。周囲をアカマツや雑木林、サクラ並木に囲まれた環境は、静謐な雰囲気の中で歴史や自然を観察する場となっています。
多磨霊園の歴史は、東京における墓地不足を解消するために始まった計画に遡ります。1919年(大正8年)に東京市の西側に広い公園墓地を整備する計画が立てられ、1923年(大正12年)に開園しました。当初は「多磨墓地」と呼ばれていましたが、1935年(昭和10年)に現在の名称へと改称されました。この場所が選ばれた背景には、当時は未開地であったことや、交通網が整備されつつあったことが挙げられます。また、歴史的な側面として、第二次世界大戦期には近くの調布飛行場に関連し、施設の一部が軍事的な用途(戦闘機の隠蔽など)に使用された時期もあり、一部の施設には当時の名残である機銃掃射の弾痕が残っている箇所もあります。また、東郷平八郎元帥が埋葬されたことで名前が広く知られるようになりました。

園内には、多様な形態の墓所や歴史的建造物が点在しています。特に、歴史的な著名人が眠る「名誉霊域」は、文化的な価値を持つエリアです。また、大規模な納骨堂である「みたま堂」や、壁型墓地などの近代的な施設も整備されています。園内には、武蔵野の風景を象徴するアカマツや雑木林が点在しており、自然環境とともに歴史的な景観を観察できます。また、園内の各区は「区・種・側・番」という独自の体系で管理されており、その構造自体が日本の墓地の歴史を物語っています。
多磨霊園は、季節ごとに異なる自然の景観を見せます。春には多くのサクラ並木が咲き誇り、新緑の季節にはアカマツや雑木林が鮮やかな緑を見せます。秋には紅葉が楽しめるなど、四季を通じて自然の変化を観察できます。時間帯としては、開門時間内であれば、朝の静かな時間帯や午後の穏やかな時間帯に、園内の散策路を歩くことができます。なお、お彼岸の時期などは、開園時間が早まる場合があるため、事前に確認が必要です。
園内は、歴史的な墓所を巡る視察や、自然観察を目的とした散策に適しています。広大な敷地内には「健康ウォーキングマップ」も作成されており、園内の道のりを歩くことができます。また、園内には公道(バス通り)が通っており、移動の際にはバスを利用することもできます。歴史的な著名人の墓所を訪れることで、日本の近代史に触れることができます。また、整備された園内路は、開園時間内であれば車両での通行も可能です。
多磨霊園は、東京都府中市の北東端に位置し、周辺には府中運転免許試験場や武蔵野公園、浅間山公園などが隣接しています。また、北側には東八道路、南側には国道20号(甲州街道)や都道110号(人見街道)が通っており、交通の要所とも結びついています。周辺は住宅街や公園が多く、落ち着いた環境が広がっています。
園内は非常に広大であるため、歩きやすい靴での訪問が適しています。また、季節に応じた服装を用意してください。支払いは、管理事務所での手続き等において現金が必要となる場合があります。英語での案内については、園内マップの英語版(English Map)が用意されています。撮影については、墓地としてのマナーを守り、敬意を払った行動が求められます。AED(自動体外式除細動器)が設置されており、安全管理が行われています。また、喫煙については、多くの利用者が集まる場所や広場での喫煙は控えるようマナーが定められています。