
ガイド
後藤家住宅は、鳥取県米子市にある国指定重要文化財の歴史的建造物です。江戸時代初期に石見国(現在の島根県)から移住してきた後藤家が、鳥取藩の海運の中心地であった米子で代々回船問屋を営んでいた際の建築遺構です。現在は主屋、一番蔵、二番蔵、そして味噌蔵が残されています。商いを行うための実務的な空間と、公的な場としての座敷、そして居住空間が、機能的に分かれている点が特徴です。
後藤家は、江戸時代中期の正徳4年(1714年)頃に主屋が建てられ、その後、宝暦3年(1753年)に座敷構(ざしきがまえ)の増築や式台玄関の設置が行われ、現在の形へと整えられました。この建物は、海運によって繁栄した米子の歴史を象徴するものです。主屋は切妻造りで、本瓦および桟瓦が葺かれており、土蔵造りの堅牢な造りとなっています。歴史の変遷とともに増改築が繰り返されたことで、間取りが複雑かつ独特な構造を持つに至りました。
後藤家住宅の最大の特徴は、商いと居住の空間が明確に区別されている点にあります。建物の北側半分は、商いを行うための土間や板の間、そして「みせのま」と呼ばれる空間で構成されています。一方で、南側には一段高い位置に「座敷構」があり、公的な場としての役割を果たしていました。また、主屋の背後には一番蔵、二番蔵、味噌蔵が配置されており、当時の物流や生活の規模を物語っています。建築細部には、虫籠窓(むしこまど)や出格子(でごうし)、繊細な欄間(らんま)、そして鶯張り(うぐいすばり)の廊下など、洗練された意匠が見られます。
(※調査資料に季節・時間帯に関する記載がないため、記載を控えます)
(※調査資料に体験に関する記載がないため、記載を控えます)
(※調査資料に周辺エリアに関する記載がないため、記載を控えます)
建築物の保護と文化財としての性質上、以下の点に注意が必要です。